2014年10月23日木曜日

これでいいのだ

ブータン、これでいいのだ』という本を読みました。


著者の御手洗瑞子(たまこ)さんという方はブータン政府 Gross National Happiness Commission (GNHC)首相フェローをなさっていた方で、現在は「ほぼ日」から生まれた「気仙沼ニッティング」の社長をされている(→)というあたりのことをネットで読んで知っていて、この本読んでみたいな~と思っていたところ、日本語学校の図書館で見つけたので借りてみました。

うーん、おもしろい!

ブータンという国はもちろん行ったことがないし、これまで行ったことのあるどの国とも違っています(多少シンガポールの人と似ているなと思う点はある)。でも単に「珍しい」という意味でおもしろいのではなく、たまこさんの分析がとてもおもしろいのです。

そして彼女の分析は単におもしろいだけでなく、するどいところもたくさんあります。ブータンの人たちの観察日記でありながら、時々鋭い分析が出てくるところなどはさすがコンサルです。

たとえばブータン政府はGNH(Gross National Happiness:国民総幸福量)という概念を掲げていて、国民の幸福度が高い国です。でもたまこさんの分析では単純にブータン=幸せの国というわけではなく、「ブータンの人たちが幸せなのは幸福を感じる力が強いから」だそうです。うんうん、確かにどこに住んでも何があっても不幸そうな人もいれば、大変な環境でもニコニコしている人もいますよね。

(そういえば、夫の義父の奥さんはフィリピン人なのですが、フィリピン人も幸福を感じる力が強いとどこかで聞いたか読んだかしたことがあります。昔仕事で一緒だったフィリピン人が故郷の洪水の話をしながら「家が流れてもいいのさ。また建てればいいんだから!」がはははは~と笑っていたのを思い出します。)

そして「幸せの国」ブータンも皆幸せで万々歳というわけではなくて、問題もたくさんあります。そのあたりのたまこさんの分析も鋭いし、鋭い中にも温かさがあって、そこがまたよいです。

この本読むと、自分のことも「これでいいのだ」と思えてきます(笑)。

なるほどなあ~と思うところはたくさんありましたが、一か所だけご紹介。

たまこさんの元上司の方の言葉です。(以下抜粋)
「幸せになろうと思ったらね、自分の幸せを願ってはいけないんだ。自分の幸せを探し出したら、どんどん、幸せから遠ざかってしまうよ」
「幸せを願うのであったら、自分の幸せではなく、周囲の人の幸せを願わなければならない。家族だとか、友人だとか、自分の身近な大切な人たち、そして周りの人たちが幸せでいられるように、できるかぎりのことをするんだ。……人のためになにか役に立つことをして、相手が幸せになるのを見ると、自分にもとても大きな満足感が返ってくるんだよ。それは、自分のためになにかしたときより、ずっと大きな満足感なんだ。……」
本当にそうですね。自分の幸せ(出世したい、お金持ちになりたい、結婚したいなど)ばかり追い求めていると手に入らなかったときに落胆したり、人を羨んだりして幸福からどんどん遠ざかり、逆に「不幸度」が上がってしまいかねません。

手元に置いておいて、時々自分への戒めも込めて読みたい本です。(図書館で借りたので返さないといけないのですけどね。)「戒め」なんて厳しい言葉を使いましたが、この本はくすくす笑いながら読める本。ほんわかした気持ちになれます。

たまこさんのブータン時代のブログ記事はこちら→

「ほぼ日」でブータンのことを語るたまこさん→

「ほぼ日」黄昏 ブータン編(糸井重里さんと南伸坊さんがブータンへ。でもこの方たちはブータンとは関係のない話ばかりしています。笑)→

ブータン、一度行ってみたいです。いつ行けるかわかりませんが、行きたい場所リストに加えておこう。

2014年10月20日月曜日

『Flight of the Sparrow』と『乞食の子』

最近読んだ本2冊。

1冊目は『Flight of the Sparrow: A Novel of Early America 』。


主人公のMaryは初期にイギリスからアメリカに渡ってきた清教徒。牧師の夫と4人の子どもたちと暮らしていましたが、イギリス人とアメリカ先住民(インディアン)との抗争がひどくなり、ある日夫の留守中にインディアンに襲われ、捕らわれてしまいます。3ヶ月後に身代金と引き換えに元の生活に戻るのですが、実はMaryはインディアンの自由な生活が気に入り、窮屈な元の生活には戻りたくないと思っていたのでした。

これは実際にあった話を元にして書かれた小説で、このMaryという人はその時の体験を後に本にして出版しています。そちらのほうは読んでいないのですが(図書館とかにあるかな?昔の英語で書かれていて私には理解できないかも?)、この本は小説なのでMaryの心情などはフィクションと思われます。

でもとても興味深かった! 男女平等や子育ての方法、奴隷制度についてなど、いろいろと考えさせられる本です。インディアンのことや奴隷制度のこと、もっと知りたいと思います。

実は我が家のPは(ということはつまりうたこも)ネイティブインディアンの血が少し入っています(お母さんの曽お婆さんだか何だかに一人います)。Pのお母さんとお兄さんは正式にその部族として認定を受け、インディアンの名前ももらっています。その点からも個人的に興味あります。

毎年Thanksgiving(感謝祭)のシーズンになると小学校からプリマスプランテーションに遠足に行くことが多いですが、今年もうたこは今月末に行きます。家族でこれまで2回行ったことがあり、前の学校からも2回行っているので、今度で5回目。初期のイギリスからの植民者、そして当時のインディアンの生活ぶりを再現してあり、とても興味深いところなので、まだ行ったことのない人はぜひ行ってみてください。私もこの本読んでまた訪れたくなりました。(以前行ったときのブログ記事はこちら→


もう一冊は『乞食の子』。


以前に出版翻訳の仕事をしたとき、言葉遣いについての注意をいろいろといただいて、その中で「乞食」というのは使ってはいけない言葉として挙がっていたと思うのですが……。衝撃的なタイトルなので目を引き、日本語学校の図書館から借りてきました。

台湾で物乞いの子として生まれた人の半生記です。お父さんは目が見えないために楽器の弾き語りなどをして施しを受けて生活をしており、お母さんは重度の知的障害があるのでこれまた仕事ができません。この人はその両親の2番目の子(上に姉がいる)として生まれ、幼いうちから両親と弟妹たちの生活のため、自分自身も物乞いに出て一家を支えます。屋外に寝たり、豚小屋で暮らしたりしながら10歳で始めて学校に入ります。学校のあと両親と幼い弟妹たちの世話、物乞い(10人分の食べ物をもらうのはとても大変)、そして夜遅くから勉強という日々を送り努力を重ね、今では工場長という地位を得て、結婚して家も構えています。

先ほどの『Flight of the Sparrow』でもインディアンたちが食べ物を探すのに苦労する様子が出てきて、私がいつも当たり前と思っていること(食べ物がいつもたくさんある、暖かい家があるなど)が当たり前でない人たちもいるのだということを改めて考えさせられました。(屋根のあるところで寝られない人たちもいるし、現代の日本やアメリカでもお金がなくて満足に食べられない人たちがいますね。)

よく「育ちがよい」とか「育ちが悪い」とか言いますが、この言い方、私はとても気になります。

以前、ちょっとだけ不定期に里子を預かったことがあり、「育ちが悪い」という言い方を聞くたびにその子たちのことを思います。小さいときから親に虐待されていたり、育児放棄されたりした彼女らはきちんとした家庭教育を受けているとは言えませんが、彼女らには何も非はないわけで、彼女らのことを「育ちが悪い」なんて絶対に言ってほしくはありません。(「育ちがよい」というのは褒め言葉なのでよいのかもしれませんが、私はそれでもその子らの顔が浮かんで切なくなるので、その言い方も好きではありません。)

この進(ジン)さんも乞食の子としてさげすまれ、結婚のときにも猛反対されます。貧乏な(貧乏の範疇を超えているくらいに貧乏)家に生まれて幼い時から働かなければならないだけでも大変(これも大変という言葉で言い表せないくらいに大変)なのに、さらにそのことで人からさげすまれたりののしられたり。踏んだり蹴ったりもいいとこですね。

またこの点でも先の本とかぶります。「だってあいつらインディアンなんだぜ」みたいな。「インディアンだから」「奴隷(黒人)だから」ひどい仕打ちをされても仕方ないなんて、現代の私たちからしたらおかしいのは当然ですが、今の私たちだって、程度の差こそあれ同じようなことをしているのではないか、じっくり考えてみたいです。

『乞食の子』は日本語学校にあるので(今週土曜日に返します)、日本語学校に行かれる方は読んでみてください。もっと努力して真面目に人生生きようと思わせてくれる本です。

2014年10月17日金曜日

フリーランスで働くということ

作家、柳美里さんが原稿料不払いのために休載を決められたそうです。(柳美里さんのブログ→

それに関連して、「コンテンツメーカーの待遇を早急に良くしないと、日本はどんどんつまらなくなるよ」という記事(→)も読みました。

私は作家ではないけれど、フリーランスという立場では同じ。翻訳料が振り込まれず、催促してようやく1/3だけ入ってきたこともあるし(そのあとはもう面倒であきらめてしまった)、出版翻訳の仕事をしたときにはあまりに安くて、時給計算したら絶対最低賃金下回ってたと思う。(でもそれはわかっていて引き受けたのでその出版社さんに恨みはありません。たくさん売れる本じゃないのでしょうがないのです。)

有給休暇がないとか会社でもらえる福利厚生のメリットがないとか、いろいろ不安定要素はありますが、いちばんの不安はいつ何時仕事がなくなるかもしれないこと。

私よりも優秀な人がたくさん出てきて私に仕事が来なくなる可能性もあるし、仕事の質はあまり変わらなくても私よりずっと安く引き受けますよとか、短期に大量できますよという人がいればそちらに行ってしまうだろうし、今たくさん仕事をいただいている翻訳会社が倒産しちゃったらとか、景気がすごく悪くなって翻訳外注する会社が激減したらとか、考えればきりがありません。

そして怖いのが自分の失敗。人間なので間違いを100%なくすことは不可能ですが、大きな間違い(たくさんすっぽり抜けていたとか、納期を間違っていたとか)があれば、たった一度でも今後まったく仕事が来なくなる可能性があるので怖いです。フリーランスって信用が勝負ですから。

実はほんの2日ほど前に失敗してしまいまして、表が切れていたのでそこでおしまいと思っていたら実は次のページに続きがあったという……。見直したときにも気がつかなかったんだなー。それで翻訳会社から夜メールが来ていたのだけど、もう私は寝ていて朝まで見ておらず、向うで対応してもらっていました。それなのに同じ会社からまた仕事の依頼をいただいて、感謝感謝です。「あの人に頼むと危ない」ってことになったら困りますから、もっと気をつけないと。

会社員でも自分の勤めている会社が倒産するとかあり得るので、フリーランサーだけが厳しい状況にいるわけでもないのですが、自由度の高い分、リスクも高い気はします。

とはいえ子どもがまだ一人では通学もできないなど今の自分の状況を考えると、今の働き方がいちばんよいのですけどねー。休みたいときに休むこともできるし(その分お金も入ってこないけど)。

これからも丁寧に仕事していきたいと思います。がんばろー。

2014年9月29日月曜日

Hidden Girl - 児童奴隷の実話

『Hidden Girl』という本を読みました。


エジプトの貧しい家庭に生まれ、8歳で裕福な家庭に売られ(先にこの家庭で働いていた姉が盗みを働いたとのことでその借金のかたに置いていかれた)、アメリカに移住したその家族と共にアメリカに密入国。カリフォルニアでまたメイドとして奴隷状態で働かされ、12歳近くになってようやく児童サービスに保護された女性の実話です。彼女は今では以前の彼女のように捕まっている人たちを助けるための活動をしています。(Huffpost Liveで彼女のインタビューを見つけました。→

売られたときの年齢が娘(7歳)と近いこともあり、学校にも行けず、医者や歯医者にも診てもらえず、食事は一日一回、ガレージに寝かされ、夜中まで働かされ…という彼女の置かれていた状況には本当に胸が痛みました。

娘が前に「昔じゃなくてよかった。昔だったら私は茶色いから奴隷で、ママは白いから(「黄色」人種なんだけど娘はその辺区別がついてない)別々になるところだった」と言ったことがあります。自分の娘だったら…と考えたらたまりませんね。

奴隷制なんて遠い昔の話と思ってしまいがちですが、実際のところ、現代でも奴隷状態に置かれている人は世界にたくさんいます。去年だったかな、教会にたまたま現代の奴隷解放活動に関わっている方が来てお話をされたことがあり、衝撃を受けました。アメリカでも農場などで奴隷状態で働かされている人たちがいると聞きますし、性産業もそうですよね。前に住んでいた国でもメイドさんの処遇があまりにもひどくて飛び降り自殺するケースとか新聞で読んだことがあります。

Huffington Postの「現代の奴隷労働」に関する記事(日本語)→

著者が助けられたICE(Immigration and Customs Enforcement:移民税関捜査局)の人身売買に関するページ(英語)→

UNICEFの児童売買に関するページ(英語)→

この本はヤングアダルト向けの本で、著者自身の英語スキルもあってか、とても簡単に読めます。人身売買の犠牲になっている人を救うために何ができるか(どんなサインに気をつけるべきかなど)についての著者のアドバイスもあります。彼女の場合もおそらく誰か近所の人が気づいて通報してくれたために解放されました。気づいて通報することが大事ですね。

今私が住んでいる環境の中で人身売買の被害者に遭遇する可能性は低いように思われるけれど、アンテナ張っておきたいと思いますし、実際に私が直接見聞きすることはなくても、世の中にはまだまだこういうことがあるのだと忘れずにおきたいと思います。


2014年9月11日木曜日

イギリスに移民多すぎ?

1ヶ月も前の記事ですが、ロンドン在住のクローデン葉子さんのブログ記事を転載したハフィントンポストの記事で見つけたBBCの番組がとても興味深かったので、ご紹介します。

Nick and Margaret Too Many Immigrants in UK Episode 1 BBC Documentary 2014



Nick and Margaret Too Many Immigrants in the UK Episode 2 BBC Documentary 2014


内容についてはハフィントンポストの記事(上にリンクあります)や元のブログ記事のほうに詳しい紹介がありますが、イギリスで増え続ける移民について厳しい意見をもつイギリス人5人と移民5人をペアにしてお互いの生活ぶりを知り、最後に自分が組んだ移民がイギリスにとってGain(利益)かDrain(損失)かをイギリス人が判断するというものです。

実際に移民の暮らしぶりを知ってみると、それまで反対していた人たちの意見がかなり変わってきます。特に2年間仕事がないと嘆いていたイギリス人の若者はフランスから来たカフェ店員の女性に逆に仕事探しの方法をアドバイスしてもらったりなんかして、自分はこれまで甘かった、って悟るところなど、ほんとおもしろかったです。移民の実際の仕事ぶりや生活を知らずに思い込みで「移民のせいで俺らの仕事がなくなった」と思っていたのですね。

また、ちゃんとしたデータではなく、人づての話や自分の思い込みで反対していた人たちも多かったです。データを見てみると、例えば移民の子の多い学校のほうが成績がよいとか(これはアメリカでは当てはまらないと思うけど)、一人当たりの平均医療費も移民のほうが少ないとか(若い人が多いため)、移民の犯罪率が特に高いわけではないとか、いろいろとわかってきます。

移民問題に限らず、不確かな情報や思い込みで判断してしまっていることってけっこうあると思うので、戒めにしたいです。

あとね、自分も移民の子なのに「移民多すぎる!」って反対してる人もいて、なんだかなあ~と思いました。

アメリカでは私自身も「移民」ですから、余計に興味深かったのかもしれませんが、日本もこれから労働人口が足りなくなって移民をもっと受け入れようかという話になっていると思いますので、そういう視点で見てみるとおもしろいかも。

2014年5月7日水曜日

華氏451度(Fahrenheit 451)

今日友人とも話していたのだけど、食べ物は毎日食べるし、ブログも内容が簡単だからささっと書けるけど、この「あたまのなか」のブログはちょっと時間がかかるので後回しになり、ついつい放置状態……。2ヶ月半もほったらかしてました。

レイ・ブラッドベリの『華氏451度(Fahrenheit 451)』を読みました。(例によってオーディオブックなので「聞きました」?)


昔この話を基にした映画をケーブルTVか何かで見ましたが、本のほうは初めて。本を読むことが禁じられている(見つかったら家ごと焼かれる)未来の話です。

未来の話なんですが、読んでいてこれは現代の話ではないかと思いました。TVやインターネットで情報がどんどん入ってきて、何も考えなくても楽しめる。そういう楽しみばかりに夢中になって、自分の頭で考えること、景色などを楽しむこと、大切な人を気遣うことなどが減ってきている……。

なんだかぞぞーっとしました。

私も仕事柄いつもPC使っていて、iPhoneもあるし、いつもネットとつながっていないと落ち着かないようなところがあります。もっとアナログな生活も大切にしなければね。

もちろん和訳も出ているので、皆さんも読んでみてください。わが身を振り返ってぞぞっとするかも。

2014年2月21日金曜日

Once in a Blue Moon

今週は娘の学校が一週間お休みなので、Pも合わせて休暇を取り、4日間メリーランドのPパパのところに遊びに行ってきました。

出発の前日に図書館に行き、ドライブ中に聞くオーディオブックを借りてきました。


Lindsayは育児放棄の母親に替わり、3歳の妹Kerrie Annの面倒を見ていましたが、母親が犯罪で捕まってしまいます。同じ建物に住んで二人を可愛がっていてくれたストリッパーのMiss Honi Loveが彼女らを引き取ろうとするのですがうまくいかず、二人は別々の里親のところに送られてしまいます。30年後にようやく再会し、今は引退しているMiss Honi Loveとともに3人で暮らし始めますが、本屋を経営する姉とドラッグ中毒だった妹は水と油のように違い……というお話。

この本とてもおもしろかったのだけど(特にMiss Honi Loveのキャラクターが最高!)、途中からだんだん気に入らなくなりました。

それはこの姉妹が二人ともすごくバカというか考えが浅いというか……そして二人とも素敵な男性によって危機から救われるというのがねえ……。自分で危機を乗り越えて、だらしない男性を引っ張っていくくらいのことをしてほしかったです。

ま、それは単に私の願望で、フェミニスト的見方をしなければ楽しめる本だと思います。

この本は長い道中、車の中で聞くために持って行きましたが、ドラッグの話など出てきてもちろん子どもに聞かせられる内容ではないので、一人でこっそりヘッドセット使って聞いてました。Pは別のオーディオブック(CD)を車のCDプレーヤー使って聞き(ヒマラヤの話)、うたこは一人でLeapFrogで歌やストーリーを楽しんでいました。(たしか3年くらい前にいただいたのですが、その時はあまり興味を示さず、最近になってすごく喜んで使ってます。)狭い車内で3人バラバラ……。なんだかすごく現代の家族って感じがしました……。(一応時々Eye Spyとかクイズごっことかもしましたけどね。)

この本に★をつけるなら3.5くらいかな~。楽しい本ではありました!

2014年2月16日日曜日

Not My Daughter(うちの子に限って?)

しばらく前に読んだ本ですが、思い出しつつ感想を。


『Not My Daughter』は日本語で言ったら『うちの子に限って』でしょうか。全くそんなことをしそうにない優等生の高校生4人が同時に妊娠することを決めて実行に移します。(そのうち一人は妊娠せず、実際にしたのは3人。)そのうちの一人の子のお母さんは彼女らが通う高校の校長先生だったので大変なことに……というお話。

MTVの番組で『16 and Pregnant』という10代の妊娠リアリティショーがありまして、私は見たことないのですが、この番組が放映されたことによって10代の妊娠が減ったという記事を読み(ちゃんと分析しての結果です)、ほほーっと思っていたところ、なぜかこの本が図書館サイトでお薦めの本として現れたので読んでみようと思ったのです。

自分の子どもはまだ妊娠するような歳じゃないし、私が読んでも興味持てないかもと思いつつ読み始めたのですが(あ、例によってオーディオブックにしたので聞き始めた、のだけど)、いくつかの点ですごく興味深かったです。

①まず、母親ばかりが攻撃されること!!

もちろん母親がそそのかして妊娠させたわけでもないのだけれど、「どうして気がつかなかったのか?」「よい母親だったら10代の子が妊娠なんてしないはずだ」となるのです。日本よりは男女平等が浸透していると思っていたアメリカでもそうなのかーとがっくりきました。

②「失敗」をした子どもに対する大人の対応

主人公のママ(校長先生)の対応がなかなか素晴らしいのです。私だったら「なぜそんなことをしたの?」「私まであなたのせいで仕事をクビになるかもしれないのよ。どうしてくれるの?」と娘に叫びたくなりますが、そういうことはしません。もちろん娘がやったことはすごく浅はかだし、そのために娘自身もママも辛い状況に追い込まれるのですが、それでも娘の気持ちをある程度尊重するのです。(この点は「そんな母親は甘い! そんなだから娘が妊娠したりするんだ!!」とお怒りになる方もいそうですが……私はそうでもないと思います。)

自分の子が妊娠したらというのは想像しにくいけど(あるかもしれないけどねー)、妊娠に限らず、これからたくさんいろんな失敗をすると思います。そういう時に私もその失敗をネチネチと責めるのではなく、きちんと受け止めていきたいなーと思いました。

③親子の葛藤

この本では妊娠した高校生の娘とその母親の関係だけでなく、その母親とまたその母親(高校生の祖母)の関係も描かれていて、これも興味深かったです。親子、特に母と娘ってなんというか、特別な愛憎関係(「憎」というと極端かもしれないけど)がありますよね。


たぶんこの本は読む人によっては「なんだこれは。くだらない!」となると思いますが、私にとってはとても興味深かったです。皆さんにお薦めというわけでもないけど、女の子のいるママには興味深いかな。

2014年1月15日水曜日

A Tale for Time Being

Ruth Ozekiさんの『A Tale for Time Being』のオーディオブックを聴きました。



最近、本はほとんどオーディオブック。そして読む本はほとんど渡辺由佳里さんのお薦めばかり。この本は由佳里さんがツイッター会議で決定された「2013年これを読まずして年は越せないで賞」の大賞に選ばれた作品です。(その他受賞作はこちら→

この前友人宅に遊びに行ったとき、最近読んだおもしろい本の話になりました。私もこの本のことを話し始めたのだけど、「日本のティーンエイジャーの話で、彼女はメイドカフェで働いていて……あ、メイドカフェというのは女の子がメイドの恰好をしてお客様に『ご主人様』と言ってくれるカフェで、お客さんはちょっとオタクっぽい人が多くて……」と言ったら、相手がちょっと変な顔をしたので、慌てて「でも変態の話じゃなくて、彼女の大伯母さんは104歳の尼僧で、彼女はその伯母さんのお寺に修行に行くの」と説明を続けたのですが、きっとどんな本なのか全然わかっていなかったでしょう(笑)。特攻隊の話も出て来るし、シリコンバレーも出て来るし、どの部分を切り取るかによってこの本の印象は全く変わってくるでしょうね。

ということで、私はうまくまとめられませんが(汗)、由佳里さんがブログでうまくまとめてくださっているので、こちらをどうぞ→

由佳里さんのブログに書かれている通り、オーディオブックは著者本人が読んでいて、日本語などの発音もよく、楽しんで聞けました。著者自身がこの小説中に出てくることもあって、小説ではなく事実を聴いているような錯覚に陥り、それがまた効果を高めていてよかったです。(Naoも本当にどこかにいるのではないかと思えるくらい。)

著者のRuth Ozekiは日系(お母様が日本人)の作家で、ずっと前に彼女の『My Year of Meats』を読んだことがあります。日本で放送されるアメリカ産牛肉のPRのための料理番組(アメリカの一般家庭で料理してもらう)制作に関わる日系女性が主人公で、これもとてもおもしろい本でした。(注:肉食する人にとっては読みたくない場面もあるかもしれません。)

この本のことをFBに書いたら、去年カナダに引っ越した友人が「今、彼女が私の町に来ていて、本のサイン会があります」とのことでした。うちの町にも来ないかな~。一度会ってみたいです。

2014年1月14日火曜日

贈り物/お土産文化

贈り物(お土産含む)って難しいなあ~と思います。

週末に友人ファミリーにディナーに呼ばれました。テキストメールで「何もって行こうか?」と聞くと、「何もいらないから手ぶらでどうぞ」とのこと。

これまで何度か呼ばれたときには大抵デザートかお花をもっていっていましたが、今回は本当に手ぶらで行きました。理由は、手ぶらのほうが喜ばれる気がしたから。私たちが何かもっていくと向うもうちに来るときに何か持ってこなくてはということになり、花束の交換してるみたいでばかばかしくなったのです。

「本当に何も持ってこなかったよ」と言ったら、「よかったわ!! アルメニアでは(注:奥さんのほうはアルメニア系)親しくなるとプレゼントを交換する代わりに食べ物や飲み物でもてなしあうのよ」と。

ちょっとした贈り物ってもらってすごく嬉しいときもあるし、理由もないのに頻繁に何かもらうとちょっと心の負担に感じるのも事実だし……このあたり、難しいですね。

幸い(なのかな?)アメリカは日本のような贈り物/お土産文化はないので、人の家に呼ばれて手ぶらで行っても特に失礼ではありません。クリスマスのときも家族(親戚)でプレゼント交換しますが、お金のない人は安い物でも、あるいはなしでも全然かまいません。(少なくともPの家族ではOK。)どんな物でも「わあ素敵!」「こんなのが欲しかったの!」などと言って大げさに喜んでくれます(笑)。

物をあげる代わりに何かしたいときにはカードを送ります。誕生日やクリスマスだけでなく、ちょっとしたありがとうを伝えたいときにもカードは便利です。贈り物って本来は何か気持ちを示すために渡すもののはずだから、物じゃなくてもいいんですよね。

(誕生日にもらったカードの一部)

娘のJK(年中)のときの先生は毎日大量にカードを書いています。我が家にもクリスマスや感謝祭、イースター、私の誕生日まで、何かとカードを送ってくれます。ついついEメールやテキストメール(携帯メール)に頼りがちな現代ですが、手書きのカードもよいですね。

2014年1月2日木曜日

2014年の抱負

毎年新年に抱負を立てるものの年の後半には忘れてしまうので(笑)、ここに書いておきます。

今年の目標はLove & Attention。愛情深く人に接すること、そして何事もちゃんと注意を払って行うこと。人の話をちゃんと聞くとか、よく考えて行動するとか、周りに注意を払うとか。

ほかには毎年一緒ですが、健康的に暮らすこと。食生活と運動。そしてスクリーン(テレビはほとんど見ないけど、主にPCとiPhone)に向かう時間を減らすこと。

ちなみに昨年の抱負はConscious choice(意識的な選択)でした。達成度は半分くらいかな?

今年もよい年になりますように!


(写真は誕生日に義母からもらったお花)