2014年2月16日日曜日

Not My Daughter(うちの子に限って?)

しばらく前に読んだ本ですが、思い出しつつ感想を。


『Not My Daughter』は日本語で言ったら『うちの子に限って』でしょうか。全くそんなことをしそうにない優等生の高校生4人が同時に妊娠することを決めて実行に移します。(そのうち一人は妊娠せず、実際にしたのは3人。)そのうちの一人の子のお母さんは彼女らが通う高校の校長先生だったので大変なことに……というお話。

MTVの番組で『16 and Pregnant』という10代の妊娠リアリティショーがありまして、私は見たことないのですが、この番組が放映されたことによって10代の妊娠が減ったという記事を読み(ちゃんと分析しての結果です)、ほほーっと思っていたところ、なぜかこの本が図書館サイトでお薦めの本として現れたので読んでみようと思ったのです。

自分の子どもはまだ妊娠するような歳じゃないし、私が読んでも興味持てないかもと思いつつ読み始めたのですが(あ、例によってオーディオブックにしたので聞き始めた、のだけど)、いくつかの点ですごく興味深かったです。

①まず、母親ばかりが攻撃されること!!

もちろん母親がそそのかして妊娠させたわけでもないのだけれど、「どうして気がつかなかったのか?」「よい母親だったら10代の子が妊娠なんてしないはずだ」となるのです。日本よりは男女平等が浸透していると思っていたアメリカでもそうなのかーとがっくりきました。

②「失敗」をした子どもに対する大人の対応

主人公のママ(校長先生)の対応がなかなか素晴らしいのです。私だったら「なぜそんなことをしたの?」「私まであなたのせいで仕事をクビになるかもしれないのよ。どうしてくれるの?」と娘に叫びたくなりますが、そういうことはしません。もちろん娘がやったことはすごく浅はかだし、そのために娘自身もママも辛い状況に追い込まれるのですが、それでも娘の気持ちをある程度尊重するのです。(この点は「そんな母親は甘い! そんなだから娘が妊娠したりするんだ!!」とお怒りになる方もいそうですが……私はそうでもないと思います。)

自分の子が妊娠したらというのは想像しにくいけど(あるかもしれないけどねー)、妊娠に限らず、これからたくさんいろんな失敗をすると思います。そういう時に私もその失敗をネチネチと責めるのではなく、きちんと受け止めていきたいなーと思いました。

③親子の葛藤

この本では妊娠した高校生の娘とその母親の関係だけでなく、その母親とまたその母親(高校生の祖母)の関係も描かれていて、これも興味深かったです。親子、特に母と娘ってなんというか、特別な愛憎関係(「憎」というと極端かもしれないけど)がありますよね。


たぶんこの本は読む人によっては「なんだこれは。くだらない!」となると思いますが、私にとってはとても興味深かったです。皆さんにお薦めというわけでもないけど、女の子のいるママには興味深いかな。

2014年1月15日水曜日

A Tale for Time Being

Ruth Ozekiさんの『A Tale for Time Being』のオーディオブックを聴きました。



最近、本はほとんどオーディオブック。そして読む本はほとんど渡辺由佳里さんのお薦めばかり。この本は由佳里さんがツイッター会議で決定された「2013年これを読まずして年は越せないで賞」の大賞に選ばれた作品です。(その他受賞作はこちら→

この前友人宅に遊びに行ったとき、最近読んだおもしろい本の話になりました。私もこの本のことを話し始めたのだけど、「日本のティーンエイジャーの話で、彼女はメイドカフェで働いていて……あ、メイドカフェというのは女の子がメイドの恰好をしてお客様に『ご主人様』と言ってくれるカフェで、お客さんはちょっとオタクっぽい人が多くて……」と言ったら、相手がちょっと変な顔をしたので、慌てて「でも変態の話じゃなくて、彼女の大伯母さんは104歳の尼僧で、彼女はその伯母さんのお寺に修行に行くの」と説明を続けたのですが、きっとどんな本なのか全然わかっていなかったでしょう(笑)。特攻隊の話も出て来るし、シリコンバレーも出て来るし、どの部分を切り取るかによってこの本の印象は全く変わってくるでしょうね。

ということで、私はうまくまとめられませんが(汗)、由佳里さんがブログでうまくまとめてくださっているので、こちらをどうぞ→

由佳里さんのブログに書かれている通り、オーディオブックは著者本人が読んでいて、日本語などの発音もよく、楽しんで聞けました。著者自身がこの小説中に出てくることもあって、小説ではなく事実を聴いているような錯覚に陥り、それがまた効果を高めていてよかったです。(Naoも本当にどこかにいるのではないかと思えるくらい。)

著者のRuth Ozekiは日系(お母様が日本人)の作家で、ずっと前に彼女の『My Year of Meats』を読んだことがあります。日本で放送されるアメリカ産牛肉のPRのための料理番組(アメリカの一般家庭で料理してもらう)制作に関わる日系女性が主人公で、これもとてもおもしろい本でした。(注:肉食する人にとっては読みたくない場面もあるかもしれません。)

この本のことをFBに書いたら、去年カナダに引っ越した友人が「今、彼女が私の町に来ていて、本のサイン会があります」とのことでした。うちの町にも来ないかな~。一度会ってみたいです。

2014年1月14日火曜日

贈り物/お土産文化

贈り物(お土産含む)って難しいなあ~と思います。

週末に友人ファミリーにディナーに呼ばれました。テキストメールで「何もって行こうか?」と聞くと、「何もいらないから手ぶらでどうぞ」とのこと。

これまで何度か呼ばれたときには大抵デザートかお花をもっていっていましたが、今回は本当に手ぶらで行きました。理由は、手ぶらのほうが喜ばれる気がしたから。私たちが何かもっていくと向うもうちに来るときに何か持ってこなくてはということになり、花束の交換してるみたいでばかばかしくなったのです。

「本当に何も持ってこなかったよ」と言ったら、「よかったわ!! アルメニアでは(注:奥さんのほうはアルメニア系)親しくなるとプレゼントを交換する代わりに食べ物や飲み物でもてなしあうのよ」と。

ちょっとした贈り物ってもらってすごく嬉しいときもあるし、理由もないのに頻繁に何かもらうとちょっと心の負担に感じるのも事実だし……このあたり、難しいですね。

幸い(なのかな?)アメリカは日本のような贈り物/お土産文化はないので、人の家に呼ばれて手ぶらで行っても特に失礼ではありません。クリスマスのときも家族(親戚)でプレゼント交換しますが、お金のない人は安い物でも、あるいはなしでも全然かまいません。(少なくともPの家族ではOK。)どんな物でも「わあ素敵!」「こんなのが欲しかったの!」などと言って大げさに喜んでくれます(笑)。

物をあげる代わりに何かしたいときにはカードを送ります。誕生日やクリスマスだけでなく、ちょっとしたありがとうを伝えたいときにもカードは便利です。贈り物って本来は何か気持ちを示すために渡すもののはずだから、物じゃなくてもいいんですよね。

(誕生日にもらったカードの一部)

娘のJK(年中)のときの先生は毎日大量にカードを書いています。我が家にもクリスマスや感謝祭、イースター、私の誕生日まで、何かとカードを送ってくれます。ついついEメールやテキストメール(携帯メール)に頼りがちな現代ですが、手書きのカードもよいですね。

2014年1月2日木曜日

2014年の抱負

毎年新年に抱負を立てるものの年の後半には忘れてしまうので(笑)、ここに書いておきます。

今年の目標はLove & Attention。愛情深く人に接すること、そして何事もちゃんと注意を払って行うこと。人の話をちゃんと聞くとか、よく考えて行動するとか、周りに注意を払うとか。

ほかには毎年一緒ですが、健康的に暮らすこと。食生活と運動。そしてスクリーン(テレビはほとんど見ないけど、主にPCとiPhone)に向かう時間を減らすこと。

ちなみに昨年の抱負はConscious choice(意識的な選択)でした。達成度は半分くらいかな?

今年もよい年になりますように!


(写真は誕生日に義母からもらったお花)

2013年12月29日日曜日

やれる人がやる

さっき別ブログに娘の「くるみ割り人形」ネズミ役出演のことを書いたのですが(→)、その中で思い出したことがひとつ。

それはボランティアのこと。

一応プロのバレエ団の公演ではあるのですが、劇団のスタッフだけでは足りずに親のボランティアが大変重要で、期間中一家族最低4回は何かボランティアをしてくださいということになっています。

内容はリハーサルや本番の日のチェックイン・チェックアウト、ネズミなど小さい子たちの待ち時間の子守り係、メイクアップやヘア係、劇場案内係など。私もチェックイン・チェックアウトやネズミの子守り、劇場案内係などを5、6回やりました。

最終日にはこれまでボランティアをやった親にお礼としてオーナメントが配られました。(いろいろありましたが、私はRat Kingのをもらいました。)


その日たまたまチェックイン係をしていたのでこれを渡す係にもなり、それで気づいたのですが、ボランティアをやったのは半数程度。全員がやったわけではありませんでした。やっていない親が半数。そしてかなりの数の親が4回だけでなく、ほぼ毎回のようにボランティアをしています。

でもそれで問題にはなりません。学校のボランティアなどもそうだけど、「やれる人がやればよい」という雰囲気。ボランティアが足りない時はメールが回ってきて「一人4回お願い!」と頼まれますが、やらなかったから責められるといったことはありません。実際、仕事の関係でどうしても時間が取れない人、子どもが多くて無理な人、言葉の問題で難しい人(私もかな??笑)などいますよね。

そして親だけでなく、ティーンエイジャーくらいになると友人がボランティアとして来ていることもあって、これも微笑ましいなあと思いました。友だちをそういう形で応援してあげるって素晴らしいですよね!


2013年12月3日火曜日

Tuesdays with Morrie

『Tuesdays with Morrie(モリー先生との火曜日)』のオーディオブックを聞きました。


これはノンフィクションで、ジャーナリストのミッチが大学時代の恩師モリー先生がALS(筋萎縮性側索硬化症)にかかって余命わずかであることを知り、毎週火曜日にモリー先生を訪ねて聞いた話をまとめたものです。

モリー先生の人生哲学はシンプルで真理をついています。

ミッチに「もし一日24時間だけ以前のようにからだが動くとしたら、何をしたい?」と聞かれた先生は、「友だちと会って話してゆっくりディナーを食べて散歩して……」と答えます。ミッチは「海外旅行したいとかないの??」と言うのですが、死ぬ前に大切に思うことって、きっとささやかな日常ですよね。

モリー先生の素晴らしいところは、人生にとって大切なことに病気になる前から気がついていたこと。

実は私、夏に2か月くらい咳が止まらず、肺がんだったらどうしようと思ったことがありました。そのときにもし本当に肺がんであと少ししか生きられないということになったら何をしたいか考えましたが、やはりモリー先生のように家族と普通の生活をして暮らしたいと思いました。自分の時間が限られているなら、その大切な時間は家族にご飯を作ったり、娘の宿題を見てやったり、読書したりして普通の日常を過ごすのに使いたいと思いました。

私の咳は近くでやっている大きな道路工事のせいだったようで、道路の舗装が済んで土ぼこりが収まったら止まったのですが、自分にとって何が大切なのか考えてみるよい機会になりました。

そのあとこの本を読んだので、モリー先生の言葉がいっそう心に沁みました。

収入を上げるとか大きな家に住むとかよい仕事に就くとか、そういったことについ熱中しがちですが、自分にとって本当に大切ことを意識しながら生きていきたいと思います。

この本は★5つ。内容も難しくないし、オーディオブックで聞いたらすぐに終わってしまいました。本も短いのかな?

この本を基にした映画もあります。(日本語版はこちら→

2013年10月21日月曜日

Moonwalking with Einstein: The Art and Science of Remembering Everything

前回の更新から1ヶ月以上も経ってしまいましたが、思い出したように更新(笑)。

図書館から(といってもデジタルなのでオンラインで)このオーディオブックを借りて聞きました。


渡辺由佳里さんの『ジャンル別 洋書ベスト500』でも紹介されていた、"Moonwalking with Einstein"です。

ジャーナリストの著者が1年間記憶力強化に挑戦し、Memory Championshipに出場します。

自分の記憶力向上に役立つかな~と思って読み始めたのですが、ここで著者が訓練した記憶力は日常生活で必要な記憶力とは少々違うようで、どちらかというとスポーツ選手の訓練話みたいでした。(Memory Championshipに出場する人たちは"Mental Athletes"なのです。)

でもこの本で、トップレベルまで到達する人たちの訓練の仕方(進歩が止まってしまったときにどう打破するかなど)といった、記憶力の分野を超えて何の分野にでも応用できる力のつけ方が学べます。何でもそうですが、自分で「この程度できればいいや」と(無意識にでも)思ってしまうと進歩が止まりますよね。その時にどうするか、といったこと。


日本ではオーディオブックってあまり聞いてる人がいないと思うのですが(私が知らないだけ?)、こちらに来てからよく聞くようになりました。散歩しながら、家事しながら、など「ながら」聞きができるのがうれしいし、ふだん仕事でPCに向かっているので、さらに本を読むとなると目が疲れ、その点でもオーディオブックはありがたいです。

図書館で借りることがほとんどですが(同じ本を二度読む・聞くことをあまりしないため&節約のため)、オーディオブックは少ないのが残念です。もっと増やしてほしいなあ。(とここで日本語でつぶやいていても聞こえないんだけどね。)