2013年8月2日金曜日

たまの外仕事で学んだこと

この夏、珍しく外での仕事を引き受けました。

ボストンに勉強に来る高校生たちのお世話というか、主にはディスカッションのお手伝いです。短い仕事でしたが、いろいろと勉強になりました。

まず、「いまどきの高校生たち」にびっくり! 良い意味でです!!

あるひとつの女子高のグループが特に素晴らしくて、英語もできて自分の意見も述べられて(自分から手が上がる)、将来のこともしっかり考えていて、本当に素晴らしかったです。いまどきの若い子は内向きだとか何とかいろいろネガティブな面が取り上げられることが多いですが、こういう子たちと会うと日本の将来は大丈夫と思えて、とてもうれしかったです。

講師として来てもらった友人女性の話にも感動しました。

私の別ブログにもたまに出てくる、ご主人が専業主夫で自分はEVPとしてバリバリ働いている2児のママなのですが、今回の話にとても感心たし、改めて尊敬し直したのでした。

特にいくつか、心に残った点をメモ。

1. Follow passion
2. Get out of your comfort zone
3. Be 100% present (in the now)

1は説明不要かな。成功するにはpassionがないとね!

2は私も最近自分の反省点として考えていたところです。慣れてて楽なことばかりしていたら進歩がない、ということです。新しいことにも挑戦していかないといけませんね。

3は特に子どもとの過ごし方について。頭の半分で仕事のことを考えながら子どもの相手をしていても、どちらも中途半端で両方にとってよくありません。この点も自分ではわかっていて、できるだけすっぱり切り替えようと思いつつ、締め切り直前などは子どもの宿題を見ながら自分も仕事ということがあります。でも確かに効率悪いし、子どもも不満が残ります。これからは何事も100% present目指します。

この3の点って日本人は苦手なような気がします。欧米人のほうが切り替えうまいですよね。たとえば大学生でも遊ぶ時は遊ぶけど、ふだんは勉強もものすごくする。会社員も忙しいときはランチも食べずにががーっと集中して仕事をして、夜はできるだけ早く家に帰って家族と過ごす。この点は欧米人から見習うべきかも。(もちろん人によりますけどね。)

それから、女性のリーダーについてのディスカッション中、高校生の指導係として来てくれていたハーバードの学生が言った言葉にもハッとしました。

"If something is not common, it doesn't mean it's impossible."(何かが一般的でないからと言って、それが不可能だということにはならない。)

他に誰もやっていないことはなんとなく(確たる理由なく)自分もできないだろうなあとやる前から諦めてしまうことがありますよね。彼女が言ったこと、当たり前と言えば当たり前のことなのですが、ハッとしました。

自分に不要な制限を課さないようにしたいし、自分の子どもなどにアドバイスするときも心したいと思います。

さて、こんな風にいろいろと勉強になったのですが、実はいちばんの教訓は「外で仕事をするときは歩きやすい靴を履くこと!」でした(笑)。

てくてく歩く仕事ではなかったのでいいだろうと、ヒールの高いサンダル(細いヒールではなかったけど)を2日間履いていたら膝と足がひどいことに。膝が腫れて痛くなり(昔手術をしたから傷めやすいのです)、ひどい靴擦れも。ふだんは家の中で裸足で仕事してますからね(笑)。

靴のことも含め、とにかくいろいろと楽しくてためになる仕事でした。Get out of your comfort zoneで、たまには私も外に出ないとね!

2013年7月14日日曜日

「よい学校」の話の続き

今日は娘の同級生のお宅にディナーに行ってきました。

双子の男の子がいて、そのうちの一人がKinderでうたこと同じクラス。9月からの1st gradeのクラスではもう一人の子のほうと同じクラスになるようです。ご両親ともPTOの集まりなどにわりと熱心に来られていて、よく話をするようになりました。

インド系のママがとてもおいしいインド料理を作ってくれて大満足だったのですが、会話もとても楽しかったです。

ジューイッシュのパパとインド系(アメリカ生まれ)のママの家庭で、家族としての宗教はパパ側のジューイッシュ。でもファミリーネームはママ側のインドの名前を使っています。アメリカ生まれではあるものの、現在ママのご両親がインド在住ということもあり、将来は行ったり来たりする(一年の半々をこちらとあちらで過ごす)のが夢なんだそうです。

お料理好きで、日本人もインド人も米にはこだわるよね~という話なども楽しかったのですが、いちばん興味深かったのは学校教育についての話でした。

うたこの通っている学校については前にもこのブログに書いたことがありますが(→)、いわゆる「人気校」ではありません。でもこのご夫婦も「○○はすごくよい学校だよね!!」と。私と同じような理由でこの学校をよいと思っているようで、うれしくなったのでした。

その理由というのは例えばDiversity(多様性)。

International Dayみたいなイベントでインドの料理を作って見せて、皆が「へえ~っ」と言うようなのは本物のdiversityじゃないよね。本物のdiversityってもっと日常的にふつうにあるもので、たとえばインド料理をexoticで珍しいととらえるんだったら、それはちょっと違うよね。Diversityってわざわざ大げさに取り上げて祝うようなものじゃないよね、って。

テストのスコアがよい=よい学校、というわけではないという点でも意見が一致。

例えばある市は我が市よりテストのスコアは高いけれど、ドロップアウト率も高いから一概に比較できないとか、とにかくテストのスコアを上げるためだけに勉強させるのはよい教育と言えないんじゃないかとか。

また、肌の色に関わらず皆が平等に機会を与えられている(肌の黒い子は勉強面で劣っているという先入観がない)という点もよいよね、と。

そういう話を、どちらも教育者(大学の先生)である二人から聞いて、とても心強くなったのでした。

で、そのパパが「これからは○○がいい学校だということをもっと広めよう!」と言っていたのだけれど、残念ながらそれはちょっと難しいかも。「よい学校」の定義って人によってずいぶん違いますしね。

でもPTOもずいぶん頑張っているし、これからもっともっとよくなっていくような予感。楽しみです。

2013年7月7日日曜日

The Help

映画『The Help』を見て、そのあと同タイトルの原作本を読みました(オーディオブックだから「聞きました」?)。映画は2年前に公開になったのを気になりつつ見逃していて、図書館でDVDを見つけたので借りたのでした。




日本でも映画後悔されていて(→)、和訳本も出ています(→)。

「ヘルプ」というのはDomestic help(家政婦、メイド)のことです。ヘルプは皆黒人で、雇う側は白人。時代設定はちょうど公民権運動が盛んになった頃で、南部の黒人差別の激しい町が舞台です。

主人公の女性は大学卒業後に実家に戻り、結婚して主婦になった同級生たちの差別的言動にショックを受けます。作家になりたい彼女はヘルプたちを取材して本を執筆しようとする……というストーリーです。

この同級生たちがまあ本当にひどくて呆れるばかりなのですが(笑い話にしたいくらいひどいんです!)、程度の差こそあれ、今この時代の私たちも似た感覚をもっているかもしれないなとも思いました。

それは「違う」ということについて。私はよく「多様性(diversity)」が大切だと言っています。つまりは「違い」が存在すること、そして「違い」を尊重することが大切ということです。

ある女性が黒人と白人が同じ学校で学ぶことについて、"Black people and white people are SO DIFFERENT!"(本が手元にないので微妙に違う表現だったかもしれません)と言う場面があるのですが(映画ではなかったかも)、この場合の"different"というのはまったくポジティブな意味合いがありません。

このセリフはものすごく意地悪に聞こえたのですが、実際わが身を振り返ってみると、例えば最低賃金程度できつい仕事をしている人たちや、ホームレスの人たちなどのことを多少なりとも「あの人たちは自分たちとは違う種類の人たちだ」と思っている部分があるかもしれないなあとも思ったのです。もっと広く見てみると、世界には貧しくて栄養も足りない人たちや、現在でも奴隷のような待遇を受けてる人たちがいることを知りつつ、「自分とは別の世界の別の種類の人たちのこと」として気にも留めていないのではないか、とも。

肌の色の違いや文化の違いは尊重したいですが、「違う」という言葉の使い方には気をつけたいと思いました。

2013年6月7日金曜日

Amelia Bedeliaの勘違い

娘が学校からもらってきた本『Amelia Bedelia(アメリア・ベデリア)』がとってもおもしろかったので、ご紹介。

アメリアはメイドさん。新しくロジャーズ夫妻の家に雇われますが、初日に夫妻は仕事のリストを残してすぐに出かけてしまいます。

アメリアはリストを読んで仕事をするのですが、勘違いばかりしてとんでもないことをします。

例えば、”Dust the furniture."を「家具にほこりをかけなさい」という意味だと思って、バスルームで見つけたDusting powder(からだに振りかけるパウダー)を家具に振りかけてしまいました。Dustは「ほこり」という意味ですが、「ほこりを払う」という意味もあるんですよね。

また、"Change the towels in the bathroom."という指示には「変える」の意味を間違って、素敵なタオルを切ってデザインを変えてしまいました(笑)。

ここから英語クイズ。

1. "Draw the drapes when the sun comes in."という指示を読んだアメリアは日が差してきたとき、カーテンの絵を描きました。ロジャーズ夫人が本当にしてほしかったことは?

2. お肉屋さんから丸鶏が届きます。"Please dress the chicken."という指示を読んだアメリアはチキンに服を着せますが、ロジャーズ夫人が本当にしてほしかったことは?

3. 同じくお肉屋さんから届いたステーキ肉について、"Trim the fat."という指示。アメリアはリボンとレースを使ってお肉をきれいに縁取りしましたが、ロジャーズ夫人が本当にしてほしかったことは?

答えは最後に。

このブログ読んでる方は在米の人が多そうだし、簡単だったかも。

この本、ネイティブスピーカーでない人の英語学習本にもなるなあと思いました。

ちなみにうたこはわかったのとわからないのとが半々くらいだったかな。チキンをdressするっていうのはわかっていませんでした。(チキンに服を着せるのがおかしいというのはわかっていたけどね!笑)

この本は1963年に最初に出版された古いお話で、Pも子どもの頃に読んだ記憶があると言っていました。学校の図書館では古くなっていらなくなった本を時々くれるみたいで、昨日4冊ほどもらってきた中にこれがありました。無料本、なかなかおもしろかったです。

さて、ここで解答。

1. カーテンを引いて(閉めて)ほしかった。
2. 丸鶏をさばいて(切り分けて)ほしかった。
3. 脂身を取っておいてほしかった。

確かにDrawは「描く」という意味もあるから、文法上はアメリアの解釈(カーテンの絵を描く)で間違いはないのですけどね……。Dressに鶏などを「さばく」って意味があるのもなんで??って感じですしね。同じ単語でもいくつも意味があって難しいですね(笑)。

初日にこんなへんてこりんな失敗ばかりしてしまったアメリアですが、クビにならず、気に入って置いてもらえることになりました。なぜか気になる人は本を読んでみてね!

2013年5月23日木曜日

Lean In

Facebook COOであるSheril Sandbergの著書、『Lean In』を読みました。

2年前に彼女のTED講演「Why We Have Too Few Women Leaders(何故女性のリーダーは少ないのか)」を見て、彼女のファンになりました。(そのときに書いたブログ記事はこちら→



正直で素直な人だと思ったんですね。そして彼女の話す内容には、全然エリートでない私でも共感できるところがたくさんあります。今回の本もそうです。

Lean inのleanは「傾く、もたれる」という意味で、Lean inは中に入っていく、押し入るという意味です。つまり、女性も職場で控えめにふるまわず、もっと深く入っていこうよ、ということです。

"Don't leave before you leave"(去る前に去るな)とも言っています。これはどういうことかと言うと、実際にまだ子どもがいるわけでもないのに「子どもができたらこの仕事は無理だな」と先に引いてしまうのをやめよう、ということです。中にはまだ結婚もしておらず、ボーイフレンドすらいないのにすでに将来どうやって家庭と仕事を両立させていくか真剣に悩んでいる人もいると出てきます。思い当る人、多いかも。

女性が全員高いキャリアを目指して外でバリバリ仕事をしなければならないとは思いませんが(著者もそんなことは言っていません)、ほかの女性、特にこれからの子どもたちの「足を引っ張る」ような言動はしたくないし、ほかの人たちにもしてほしくないと思います。

私自身、女がバリバリ仕事をするのが普通ではないという環境で育ちました。(アメリカですら女性のリーダー少ないと言っていますが、日本は今だってものすごく少なくて、女性のランク付け世界の先進国中ほぼ最下位ですよね!)それでもなぜか「男女平等」には敏感で(教師という職に就いたからか?)、職場で「女の先生は子ども産んで休むから困るなあ」なんて言う男性教師(その配偶者も教師だったりする)にかっかと腹を立てたりしていましたが、その後教師を辞めた後に就いた仕事はアシスタント的なもの。

日本では男女関係なく経験のない職種で中途採用は難しいということもありますが、無意識のうちに「女だから」そういう仕事を選んでいたのかもしれません。

その後結婚出産して、アメリカに来てみて、ボストンという土地柄もあるのでしょうが、私と同年代の日本人女性でもバリバリ仕事をしていらっしゃる方々の多いのにちょっと驚きました。そして、今からまた20代に戻れるんだったら、今度はもっと勉強や仕事に真剣に取り組んでみたいなと思いました。(真剣に仕事をしていなかったというわけではないのですが、「上に」という意識はなかった。「上に」というのは出世や給料の額だけではなく、やりがいや社会への貢献度も含みます。)

自分の娘のことを話しながら、「この子は女だから頭がよくなくてもいい」というような発言を聞くことがありますが、とても悲しくなります。

女性が専業主婦・ママになるという選択もありだし、女性しか出産・授乳できないことを考えると、少なくとも子どもが小さいときは女性が子育てを主にやることが自然なのかもしれません。しかしそれは各夫婦、各家庭の判断であって、一律にどちらがよいと言えるものではありません。

そういえば、日本で録画して送ってもらった「サザエさん」で、波平さんが「カツオは医者に、ワカメは看護婦さんになったらどうだ」と言うシーンがありました。昔の番組ですが、今でも多少なりとも同じような感覚は残っていると思います。医者や科学者になりたい女の子だっていると思うし、それを応援できるような社会でありたいものです!

あ、そうそう。結婚している女性すべてに役立つアドバイスがありました。

夫が子どものオムツを替えてくれたら、たとえオムツが頭についていても黙っておくように、と言っています。(図書館で借りて読んだので本が今は手元になく、確かめられないのですが、たしかそう言っていたと思う。ちょっと間違ってたらすみません。)

よく、「男は家事(育児)ができない」と言いますが、できないわけじゃないよ、ということです。とにかくやってみないとね。これは私もそう思います。まあ私の場合は文句を言ってしまうことも多いのですが(ごめーん)、言わないでやってもらっていると、そのうちに上手になります。サンドバーグ氏も言うとおり、「女だから」勉強や仕事ができないということはないのと同様に、「男だから」家事や育児ができないということもないんですよね。友だちに専業パパもいますが、すべてしっかりやっています。文句言うよりも黙ってやってもらったほうが、後々楽ですよ。

ところで、本の話とは外れますが、我が家の娘はなぜかとってもフェミニストです。

ある日夫が「どこかの村では14歳になると男はライオンと戦わなければならなくて、ライオンに勝った者だけが大人と認められ、結婚を申し込むこともできる」という話を私にしていたら、聞いていた娘が「なんで男だけ? 女はできないの? 女は家で待ってるだけなの?? 私は外に出て、自分で結婚相手を探しに行く!」って。まさかライオンと戦いたいわけではないでしょうが(笑)、不平等を感じたかな。

また最近はピンクの服やスカートは断固拒否! 絶対にパンツを履いていきます。

こういう娘の態度を見ていると、「男女平等!」と言っている私だって、知らない間に「女の子らしく」育ててたんだなーと気づきます。ピンクの服とかいっぱい買ってたもんね。それに服装などではアメリカのほうが男女差顕著かも。中間的な服(特に子ども服)はほとんどなく、ショートカットの女の子もほぼ見かけませんね……。(まあ個人的には服装などは思いっきり女っぽくてもなんでも個人の好みでよいと思っているのだけど。)

そして、うちの夫P。彼はかなり男女平等な人です。

独身時代、我が家に遊びに来たとき、ベランダで虫が死んでいたので拾って捨ててくれと頼んだら、「そうやって性別で役割を決めるのはやめようよ」と言って拾ってくれなかったくらい男女平等主義です。虫が怖かったのかもしれませんが(笑)、男性だって虫が怖いなら怖いと言ってもいいし、主夫したいならすればいいんですよね。

まあ虫の件は置いておいても、Pは私にも仕事をしてほしいと思っているし、家事もできるだけやりたがります。(「手伝う」という感覚でなく、自分も「やる」というのがポイントね。)

こういう人と結婚してよかったなーとつくづく思います。(私の場合、そうでなかったら結婚してないだろうけど。)

サンドバーグ氏の本、近々日本でも翻訳書が発売されるらしいので、ぜひ読んでみてください。キャリア志向の人もそうでない人も興味をもって読める本だと思います。

あ、そうそう。男性も読んでみてね!

2013年5月21日火曜日

「よい学校」とは?

今夜、Pが市のSchool Committeeのミーティングに行ってきました。

簡単に言うと「人気のない学校にSchool Committeeが大きく介入して、大幅なプログラム変更などを可能にする」という動議が出され、学校をサポートするために(この動議を阻止するために)行ってきたのです。

我が市は学区が細かく分かれておらず、市内の公立学校をどこでも選べるようになっており(ボストン市と同じ方式)、第3希望までを出して抽選で学校が決まる仕組みになっています。

うたこが通っている学校はうたこの伯母さん(Pの姉)が校長をしていますが、実はあまり人気のある学校ではありません。(第一希望に選ぶ親が少ない。)

私を含め、この学校の親たちが考え付く不人気の理由は以下のとおり。
・ニーズの高い生徒(移民のため英語が不十分、貧困家庭から来ているなど)が多い。
・そのためにテストのスコアなども低い(確かめてないけれど、たぶん)。
・そのために親の参加度も低い。
・人種の偏りがあるため、白人家庭には人気がない。
・コミュニケーションが悪い。(よい内容がたくさんあるのに情報が発信されていない。)
・理由はわからないが、市のFamily Resource Centerが親たちにこの学校を避けるよう指導している。(←という証言がいくつかあり)
・Parent liaison担当者があまり熱心でない。(学校を選ぶ際にほとんどの親がスクールツアーに参加するので、この担当者の仕事ぶりは重要ポイント)

うたこはこの学校にJK(Junior Kindergarten)から通い、今はKinderで2年目です。去年の先生も今年の先生も素晴らしく、子どもはたくさんのことを学んでいます。入ったときはもちろん読み書きできませんでしたが、今では本も一人で読めるようになり、答えが2桁になる足し算でもできるようになりました。家庭が貧しくてあちこち連れて行ってもらえない子たちにもいろんな経験をさせたいという先生たちの意向でフィールドトリップも多く、地元の消防署からサーカス、劇やコンサートまで、いろいろなところに連れて行ってもらっています。また、ハーバード等の大学と連携した活動もあります。

市内のほかの公立学校でも同様のことはやられていると思いますが、人気がないとされているうたこの学校だって負けないようなよいプログラムがあるよ、ということです。(ほかの学校に通わせたことがないので確実なところはわかりませんが、たぶん。)だからこの動議は不人気の理由がよくわかっていない、的外れなものであると言えます。

正直なところ、うたこの学校のランクが低いと知ったとき(入って直後だったと思う)、ここでいいのだろうかとも悩みましたが、今はこの学校でよかったと思っています。

これはほかの親たちも同様なようで、前日に声をかけたにも関わらず50人が今夜のミーティングに集まり、この動議に対する反対を訴えました。

実はPTO(PTAと同じです)も休眠状態だったのですが、去年あたりから順調に参加者が増え、9月からの来年度はもっと本格的にいろいろやっていこうとしているところです。PもTreasurer(会計)で頑張っています。

「よい学校」って何かなあとよく考えます。

偏差値の高い学校や問題のある子の少ない学校=よい学校と考える場合もあるでしょうが、私は自分の子どもには多様性のある生徒たちの中で学んでいってほしいと思っています。学校って勉強だけでなく、社会のことをいろいろと学ぶ場所ですから。

「よい学校」というのはその子によって違うとも思いますから、うたこの今の学校がどの子にとってもよい学校とは思いませんが、うたこは喜んで通っているし、ちゃんと勉強もできているので、この学校がうたこにとってよい学校でない理由は見つかりません。

うたこの学校での様子については、別のブログでよく書いているので、そちらで→

とりあえず問題の動議については、多くの親が駆けつけて反対を表明したこともあり、今回おそらく否決されそうです。

PTOの活動については、おそらくまた別に書きます。今、作り上げているという感があって、なかなかエキサイティングです。

2013年5月7日火曜日

「ボストンへ」ボストン爆破事件について村上春樹氏の寄稿文

まだしつこくボストンでの爆破事件関連です。すみません。(ほかのブログたちでは違う話題も書いてるのでそちらも見てね→ 

4日前のことになりますが、作家の村上春樹さんがNew Yorkerに「BOSTON, FROM ONE CITIZEN OF THE WORLD WHO CALLS HIMSELF A RUNNER(ボストンへ。ランナーを自称する一人の世界市民から)」というタイトルで寄稿されました。

New Yorkerの記事はこちら→
関連の朝日新聞の記事はこちら→

これを読んで、ボストンに住むものとしてじんと来ました。

村上春樹さんはボストンマラソンに過去6回出場されており、ボストンマラソンの持つ独特な雰囲気について書かれています。私はランナーではありませんが、ここで描写されているボストンの雰囲気はマラソン以外にも通じるところがあります。

New Yorkerへの寄稿文を一部引用します。(日本語で書かれたものが翻訳されているそうです。)

Many people were physically injured at the site of the explosions, but even more must have been wounded in other ways. Something that should have been pure has been sullied, and I, too—as a citizen of the world, who calls himself a runner—have been wounded.
爆発現場では多くの人が身体的な怪我を負いましたが、それ以上に多くの人たちが違う面で傷つきました。純粋であるべきものが汚され、私自身もランナーを自称する一人の世界市民として傷つきました。(←junjunの勝手な訳です。)


ああ、そうだ、と思いました。ボストンに住む人たち(そしてボストンの外に住んでいてボストンを愛する人たち)の気持ちがきちんと表されている、と思いました。

今回の爆破事件は自分でもちょっと不思議なくらいにショックでした。単に「近くで起こったから怖かった」というのとは違うし、死傷者の数だけで言えばもっと大きな事件はほかにもたくさんあります。でも、なんというか、心の底からショックだったんですね。

この事件の直後、まだ容疑者が特定されていない時点で、ツイッター等で「アメリカは定期的にテロが起こることを選んだ国」といった声が日本から聞こえてきました。アメリカがこれまで起こした戦争について考えてみれば、テロ攻撃を自ら招いているようなものだから仕方ないじゃないか、ということです。

これを見て私はとても傷つきましたが、外から見ればそういう見方にもなるのでしょうか。また、「たった3人亡くなったくらいで大げさな」という感覚もあるかもしれません。日本の人たちに対して、私たちがボストンに対してもっているこの感覚を伝えるのは難しいなと思いました。

そしてそんな時にこの村上春樹氏の投稿を読み、何かホッとしました。全文は英語でしか読めませんが、日本の方たちにも読んでいただけるとうれしいです。